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2005年5月29日

自在窯の命名について

「自在窯」の由来は?の質問に答えて。
今日、ギャラリーにいらしたお客様からも「自在窯&ギャラリー」の自在は、自由自在の自在ですか?
と聞かれました。
「般若心経」の冒頭 観自在から頂いたものです。

主人 小野寺重一は、約90年続いた農機具販売店 小野寺商会を平成10年12月24日に自主廃業致しました。従業員を抱えての経営が立ち行かなくなり、断腸の思いでの廃業でした。
主人はその頃から、写経を始めていました。

「自在窯&ギャラリー」は平成12年6月1日にオープンしました。主人が65歳の時です。

「自在窯」の命名は、「般若心経」の冒頭 観自在から頂いたものです。
「観自在」を主人は、自らの存在を観る。と受け取りました。まず、自分の存在を見詰める。自分の足元を良く観る。そこからすべての物事はスタートすると考えました。

長い間、会社の経営者として生きてきました。
いつも従業員への給料支払いに追われ、「銀行の融資を受ける人生だった。」と言っても過言ではありませんでした。そんな人生の主人に、私は、「小野寺重一」個人の人生を生きてほしいと思いました。
人の人生は有限です。限られた人生を思いっきり、小野寺重一らしく生きてほしいと願いました。

主人にとって「陶芸」は、大変魅力あるもののようでした。「こんなに面白いものが自分の人生にあったなんて、神様に感謝する。」と言って、何かに取り憑かれたように夢中になって行きました。
身体は大丈夫? 頭は大丈夫?と本気で心配をした時もありましたが、反面、こんなにも夢中になれる主人が羨ましくもありました。

このようにして今の主人の陶芸家としての人生があります。今年、7月で陶芸歴10年になります。

偶然の陶芸との出会いがこんなにも人生を豊かにし、充実した生き方が出来ることに本当に感謝をしています。

「土」には原始的な回顧があり、自然そのものの力があります。粘土で形作るとき、粘土は、何度でも作り直しが出来ます。気に食わない時は、何回でも潰してまた作ることが出来ます。粘土はとても素直だそうです。自分の思いどおりに成形する事が出来ます。これが「土」の素晴しさだそうです。

何かに迷ったり、困難にであったら、自分の原点を思い起こし、そこから又、立ち上がり、歩き出してほしいと思います。生きていれば、何度でも 生ある限り生き直せるのです。

かけがえのない自分の人生、あなたの人生の足元を良く観て、お互い、より良く生きて行きたいと思います。

「自在窯&ギャラリー」は、そんな思いを込めて作品創りをしています。

今日のガンディーの言葉 「人生とは、不確かなものである。死は現実であり、確実な事である。」

投稿者 jizai3 : 2005年5月29日 14:16

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コメント

「観自在」窯ということですね。自分の足元を見て、自分の存在を見つめ、そこからスタートするという思いが「自在窯」という名称に込められているということを知り、それはこのブログにも通じていることだなと思いました。

投稿者 kaz : 2005年5月30日 08:28

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